ショパン・スケルツォ第1番〜第4番 | |||||||||||||||||||||
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泡立つタッチから生み出される瑞々しい美音、音を丁寧に掬い上げることにより繊細な香り立つ抒情性がたまらない魅力を放つ演奏。 スケルツォの激情を控えめに表現することにより、独特の清潔感と気品が漂う見事な演奏。 やや強引とも思える強靭な打鍵から生み出されるダイナミックな表現力が、ショパンの男性的側面に光を当て、 聴く人を惹きつける演奏。 自信に満ちた強靭な打鍵から紡ぎだされる音色は華麗そのもので、正攻法のアプローチにより各曲のあるべき姿が示された演奏。 スケールが大きく堂々たる風格と落ち着きを感じさせる。
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ショパンのスケルツォについて
作品の特徴: 「スケルツォ」は、邦語では「諧謔曲」と訳されることからも分かるように(但し、「奏鳴曲」(ソナタ)と 同じように使用頻度はほぼゼロ)、本来は、陽気でおどけた感じの冗談混じりの曲という意味合いを 持っているようです。拍子は通常3/4拍子であり、速度指示もヴィヴァーチェやプレスト等、極めて 速く、楽譜を見ていると、1小節(3拍)で、通常の曲の1拍に相当するほどのテンポに驚く方も多いと 思います。 実際にスケルツォという楽曲形式が登場したのは、古典派時代と考えられており、 交響曲の第3楽章で伝統的に用いられていた「メヌエット」に代わって、ベートーヴェンが「スケルツォ」を 積極的に取り入れ、交響曲の様式を革新したのは、多くの人の知るところです。しかし、それ以後も「スケルツォ」という 楽曲形式が単独で用いられることはほとんどなく、ショパンがこの「スケルツォ」を自らの 音楽表現の手段の一つとして選んだのは、興味深い選択と言えるでしょう。 ショパンは、生涯で4曲のスケルツォを作曲しましたが、「スケルツォ」という言葉が本来持っている 「冗談」という意味合いを根本から否定するかのように、一曲一曲が極めて重く深刻な情緒を内包して おり、いずれも彼の最高傑作と呼ぶに相応しい、極めてスケールの大きい作品となっています。曲数がバラードと同じ4曲という ことや、難易度や規模が極めて近い(要するにショパンの全作品中ほぼ最高レベル)ということもあり、 大抵の場合、スケルツォはバラードと対等の作品として扱われます。 本格的にショパンを弾こうと考えている方には、4曲とも演奏されることを強くお薦めします。 スケルツォ全4曲の中で、第2番の人気度がずば抜けて高いのは周知の通りですが、他の3曲も 決してそれに劣らない魅力を湛えた名曲、傑作揃いです。是非、皆さんも、全曲制覇を目指して 頑張りましょう! 全音ピアノピースに例えれば難易度は4曲とも間違いなくFレベルですが、その中でも明らかな序列があり、 個人的には易しい順に、2番→3番→1番→4番です。2番が最も易しく、4番が最も難しいのはほぼ間違いないところですが、 1番と3番の難易度の逆転現象はあるかもしれません。これは個人差にもよると思います。 スケルツォにこれから取り組もうという方には、まず第2番から着手することをおすすめします。 なお、ショパンコンクールでもスケルツォ全4曲中、任意の1曲が課題となりますが、 第4番を選曲するピアニストが最も多いようです。これは第4番の難易度が最も高いことと関係がありそうです。 (過去にはツィマーマン、ブーニン、ブレハッチといった歴代優勝者がコンクール予選で第4番を選曲し名演を残しています)。
スケルツォ第1番ロ短調Op.20Presto con fuoco, 3/4拍子作曲年:1831年 難易度:9/10 標準演奏時間:9分00秒〜9分30秒
構成:序奏、コーダを持つ3部形式 この作品はショパンの作品の中でも特異な位置づけで、まるでリストを思わせる激しく技巧的な楽曲で、 若きショパンの表現意欲と情熱が作品全体にみなぎる傑作の1つです。 スケルツォに特有の急−緩−急の3部形式で、主部(A)−中間部(B)−主部の再現(A')−コーダという構成です。 2つの鋭い不協和音の序奏で始まります。 主部(A)の2つの部分からなり、 前半(A1とします)は 右手の急速なパッセージの1つの単位の後半は基本的に5241という運指の単位を繰り返しながら 上昇していく比較的単純なパターンでありながら、左手が5指のバスと1指2指での6度とを交互に弾くことになりますが、 その音程が10度、11度にまたがることになるため、10度、11度が届く手の大きさかどうかで難易度が大きく変わってきます。 多くの日本人は11度は届かないと思われるため、左手の跳躍をこなしながら右手の急速のパッセージを弾くことが求められ、 結構難易度が高い部分となっています。その後も左手で4分音符を刻みながら、右手で不規則な速いパッセージを弾くことになり、 あまり他の曲でもこのようなパターンの動きを求められることはないため、この曲で弾き慣れる必要がある部分です。 この速いパッセージが終わると、左手でオクターブでバスをとりながら、右手では和音を主体にした心に迫る感動的な旋律を奏で、 ロ短調の主和音で静かに終わります。ここまでが主部を構成する2つの単位のうちの1つとなります。 主部のもう1つの単位(A2とします)は左手で不協和音を含んだパッセージと右手の単音のパッセージが交錯する部分で開始され、 最初の4小節はニ長調、次の4小節は嬰ヘ短調と調性展開は明快ながら、その後の8小節は不安定な進行となり、 その後、嬰ヘ長調として安定するものの、その後は、左手(和音−バス)→右手(3指5指和音−2指単音−3指5指和音−1指単音) という単位で1小節が構成されるこの単位が、小節毎に和声を変化させながら不安定で激しく展開されていきます。 そして最後は減七和音を構成音としながら、左手で1→2→5という運指で幅広いアルペジオ音型を弾き、 右手では10度の減七和音の構成音を、(1指−2指3指−1指−5指)で弾くことになりますが、この部分も、 左手が1指から5指まで11度、12度の距離をまたがなければならない上に、右手の最後の1指−5指が常に10度の幅となっているため、 手が小さいと難しい部分ではないかと思います。 以上、主部AはA1とA2に分解できますが、最初のA1には繰り返し記号が付いているため、 楽譜に忠実に演奏するのであれば、A1−A1−A2−A1−A2−A1という順で演奏することになります。 最後のA1の最後の方の和音部分には変化が加えられ、そのままロ長調の緩徐な中間部に静かに入ります。 中間部(Bとします)も2つの単位に分けることができます。 中間部は、「眠れ、イエスよ」というポーランドに古くから伝わるクリスマスの歌からの引用と言われており、 静かな中にもやるせない情熱が込められており、胸に熱くこみ上げてくる感動的な旋律となっています。 1つ目の単位(B1とします)は、左手で(5指−2指−1指−5指(ここまで8分音符)−2指(4分音符))というパターン化された伴奏音型が 微妙に変化しながら繰り返され、その一方で右手では(1指−5指−1指−5指(ここまで8分音符)−1指(4分音符)) という分散のパターン音型を繰り返しますが、最初は5指がF#を一定して打鍵する一方、1指でとる音程が変化し、 この1指でとる音程が実は旋律となっている点がユニークです。 1指と5指が10度の音程となっていることが多く、一瞬だけ11度も登場します。 そのため最低でも10度が届かないと、この部分は右手の動きが忙しくなることになり、静謐な曲想とマッチせず、 静かに落ち着いた雰囲気を出すことが難しくなるのではないかと思います。 そしてしばらくするとその規則性が崩れ、 右手の上の音(F#、G#、A#)に旋律部が一瞬だけ移行し、またすぐに右手1指に旋律部が戻ります。 そして同様の旋律が繰り返され、最後は右手の全ての指の音が旋律を担い、ロ長調で安定して結ばれます。 ここまでがロ長調で安定した1つ目の単位です。 2つ目の単位(B2とします)は静かな中間部の「展開部」とも呼べる部分です。 ここは左手の伴奏音型は変化しないものの、右手の音型は分散型ではなくなります。 ここは左手の伴奏音型のバス音が、1小節毎にG#→A#→H→C#→D#→Eとロ長調の全音階をG#から上昇していくように 高まっていき、それとともに静かにクレッシェンドして静かなクライマックスに向かいます。 この部分は弾くたびに胸に迫り熱くこみ上げるものがあり、目頭が熱くなって冷静さを失いそうになります。 クライマックスは決して頂点で爆発するようなことにはならず、静かに収束していきます。 この部分は音量をセーブしながら品よく静かな情熱を表現しなければならず、表現のバランスとセンスを求められる部分となっています。 このB1、B2の単位は登場するたびに非常に細かい部分でマイナーチェンジをしますが、 大雑把に言えば、B1→B2→B1→B2→B1という構成です。 そして中間部が終わろうとする部分で、この曲の冒頭の鋭い2つの不協和音が戻ってきます。 その和音の後に中間部の音型がまるで残響のように取りついてきます。 主部の再現は短縮化され、A1→A2→A1となります。最後のA1の最後の和音はさらに変化が加えられ、 そして激しく技巧的なロ短調のコーダに突入します。 左手は1拍目オクターブ、2拍目和音と、素早く正確な跳躍が必要になり、 右手は(2指−1指−5指−2指−3指(または4指)−1指)というパターンを保ったまま上昇していきます。 途中、E#(=F音)を2指、F#音を1指で取るという変則の運指があり、 こんな運指で良いのかと質問を受けたことがありますが、この通り弾いて問題ないです。というよりこの通り弾いて下さい。 不協和音を激しく連打する部分もあり、またその後、右手のパッセージの中には、主部の2つ目の単位(A2)で登場したような、 右手に和音を含む速いパッセージを続けながら下降し、最後は半音階のユニゾンで激しく上昇し、ロ短調の和音の強打で締めくくられます。 この作品は技巧的にはショパンのスケルツォ中、4番に次いで難しい曲ではないかと思います。
スケルツォ第2番変ロ短調Op.31Presto, 3/4拍子作曲年:1837年 難易度:9/10 標準演奏時間:9分30秒〜10分00秒 スケルツォ4曲中、一般的に最も人気の高い作品です。 それは、変ト長調で始まる旋律が非常に甘美で流麗で、誰にでも理解できる良い意味での通俗性を持っていることと、 スケルツォ4曲の中では技術的には最も易しく、取り組みやすい作品であることが関係しているのではないかと思います。 この作品も急→緩→急(+コーダ)の3部形式の構成です。 主部Aは、変ロ短調で始まる和音の多いA1部と、変ニ長調で右手の下降アルペジオで始まり、変ト長調で始まる流麗な旋律部がメインのA2部に 分けることができます。 A1部では、変ロ短調で始まる両手のユニゾンによる謎の問いかけと力強い和音が交互に出現し、出現するたびに 力強い和音が変化し、変ロ短調→変ニ長調→変ロ短調→ヘ短調と変化します。 A2部では、左手のバス+和音の伴奏音型、右手の下降アルペジオで始まり、やがてこの曲の最大の魅力とも言える 流麗な旋律が変ト長調で始まります。左手は(5指−3指−2指−1指−2指−3指)が1つの動きの単位で、動きのパターンはほぼ一定ながら、 1小節毎にその構成音が微妙に変化し、その移ろうハーモニーの上で、右手で極めて甘美でロマンティックで魅惑的な旋律を奏で、 その旋律とハーモニーの美しさはショパンの作品の中でも特筆すべきものです。和声の微妙な移ろいを感じ取って、 それをテンポルバートと音色に反映させていけば情緒豊かで美しい演奏となります。 この旋律部で一旦テンポが緩まるところがフレーズの切れ目で、再度フレーズが立ち上がるところは前出の旋律の変奏になっているという事実は 一応認識しておいて良いと思います。そして終結に向かう中で一度テンポと音量を極度に落とし、その後、最後の終結部に向けて一気に クレッシェンドとアッチェレランドしてクライマックスに到達し、最後は変ニ長調で、左手→右手と幅広い華やかなアルペジオを奏します。 主和音−属和音−主和音−属和音と繰り返し、最後は変ニ長調の主和音を構成音とする幅広いアルペジオで下降して 変ニ長調のオクターブで終結することになります。このアルペジオ下降部分は数通りの運指法がありますが、 日本で多く使用されている楽譜の運指法はやや不適切と個人的には感じています(僕にとって最適な指使いはD♭−F−A♭を 1つの単位としてこれを右手(4指−1指−2指・・・最初だけは3指−1指−2指)、左手(1指−3指−2指)で交互に弾きながら下降していくというものです)。 皆さんも自分の手に合った最適な運指法を研究してみて下さい。この部分1つとっても運指法は奥が深いことに気付くと思います。 主部のこれらA1, A2の構成要素は登場するたびにマイナーチェンジをしますが(それがどの部分なのかは、 この作品を弾いたことがある人であれば誰でも分かると思います。これについて詳しくは後述する予定です)、 主部の構成はこれらのマイナーチェンジを除けば、A1−A2−A1−A2となります。 中間部は一転してイ長調という遠隔調で始まります。変ニ長調で終わった直後のイ長調というのはかなり意外な響きがします。 この中間部は、イ長調で始まる瞑想的な和音部分(これをB1とします)、嬰ハ短調で始まる憂鬱でやや焦燥感の漂う経過句(B2とします)、 ホ長調で始まる急速パッセージ部(B3とします)、そしてその後の、中間部の展開部とでも言うべきこの曲最大の山場を迎える部分(B4とします) に分けることができます。 B1部はイ長調で、瞑想的で落ち着いた和音をメインにした部分で8分音符で高音に向かうパッセージまでを1つの単位として前半後半2つの単位に分けることができます。 B2部は嬰ハ短調で始まり2小節で1つの単位を構成するパターン音型をモチーフにしながら、旋律と和声を変化させ、 憂鬱で焦燥感を漂わせながら次第にストレットして嬰ヘ短調に転調して同様に繰り返され、次のホ長調の華やかなパッセージへのつなぎの役割を果たします。 このモチーフは中間部後半の劇的なクライマックスにも再登場しこの作品に華麗な演奏効果を与えるのに重要な役割をしますが、 このモチーフがここでこのような形でさりげなく登場させているのは、ショパンの先を見通した作品構成の卓抜さを考える上で注目すべき事実とも言えます。 B3部はホ長調で始まり右手は8分音符の常動曲ような趣で絶えず急速に動き回る一方、左手もさりげない跳躍に正確さが求められるなど、 華やかな部分で、そこそこに難易度の高い部分となっています。 上記のB1−B2−B3は再度繰り返されますが、繰り返される際、B1は例のごとく「マイナーチェンジ」が施してあります。 そしてそれが終わるとこの曲のクライマックスで最大の難所とも言うべきB4部に突入します。 B3がホ長調で終わり、E音が切れると、前出と同様の音型のアルペジオが今度はE音をE#音に変えて登場し、 以後は右手が目まぐるしく動き回る一方、左手のオクターブも目まぐるしく跳躍し、この16小節も演奏効果の高い難所となっています。 その後は、B2部で登場したモチーフが使用されて効果的に処理された後、今度はA2部の冒頭で登場した右手の下降アルペジオが今度はホ長調という意外な調性で出現した後、 クレッシェンドとアッチェレランドで、やり場のない感情が激昂し、変ロ短調の和音で大爆発を起こします。 今度はB2で登場したモチーフを使用して左手の第1拍目のオクターブが、変ロ短調の全音階をB♭から下がっていくという構成になります。 この辺りがこの曲の一番の山場です。この後は徐々に感情の高まりが鎮静化し、中間部が静かに終わります。 主部の再現部は同様にA1の冒頭から始まりますが、この部分ではユニゾンの3連符の後のF音のうち2回目は保持するように指定されています。 これが何を意味するのかは分かりませんが、同じ部分は再登場するたびに異なった弾き方をしたと言われるショパンの工夫の跡が伺われます。 A1終了後は同様にA2が出現しますが、激しい中間部を経た後では、この甘美で流麗な旋律がさらに美しく響いてくるから不思議です。 この作品にも極めて華やかなコーダがあり、最後はA1で聴かれた謎の問いかけの3連符は、輝かしく力強い3連符となって堂々と響き渡り、 華やかで華麗に締めくくられます。 最後は左手、右手の乖離跳躍で終わりますが、この最後の音で他の音に触ったり外したりすると台無しになります。 ここは外しやすいのでよく練習して下さい。
スケルツォ第3番嬰ハ短調Op.39Presto con fuoco, 3/4拍子作曲年:1839年 難易度:9/10 標準演奏時間:7分00秒〜7分30秒 この作品の構成は他の3曲のスケルツォ(3部形式)と異なり、明確な分類が難しい構成となっています。 序奏+A+B+A'+B'+コーダという構成です。 序奏は両手のユニゾン+和音という単位で進行します。この和音、右手は単なるオクターブですが、 左手の和音は1回目、2回目ともに10度の音程にまたがっており、しかも1指でE♭+G♭という、離れた2つの黒鍵を同時に 押さえなけれなならないという極めてユニークなものとなっています。 1指で隣り合う2つの音を押さえるという運指法は、ショパンの他の作品でも頻出します。 英雄ポロネーズ、軍隊ポロネーズ、革命のエチュード等の名曲にも登場します。 しかし、1指でE♭+G♭という離れた2つの黒鍵を同時に押さえるというのは、この作品に特有のものです。 E♭、G♭に第1指で「橋げた」をかけるイメージで素早く力強く打鍵することが求められます。 この序奏はその間中、調性不明で、一種の「狂気の音楽」という印象です。 主部の前半(A1とします)は嬰ハ短調で開始され、両手の力強いオクターブ連続による第1主題が強いインパクトを与えます。 ショパンというよりもリスト的なヴィルトゥオーゾ風の激しい楽句となっています。 このオクターブ連続は間に弱音の和音部を挟んで繰り返され、ホ長調に転調して落ち着き、 主部の展開部とでも言うべき部分(A2とします)に突入します。ここも嬰ハ短調で始まり、最初、左手は単音で進行しますが、 途中からオクターブに変わり、力強さが増していきます。その後、右手は5指で旋律を採りながら、1指・2指・3指で 内声部を細かく奏するというややこしい音型となりますが、最後は左手で嬰ハ短調の全音階をオクターブで上昇しながら、 右手で和音を強打するというこの主部の最大のクライマックスを迎え、このA2部は終結し、再びA1部に戻ります。 ここでも嬰ハ短調のオクターブ強奏部が2回出現しますが、その後、一旦ロ長調を経て、オクターブ連続部を経て一旦変イ長調を登場させ、 その近親調の変ニ長調(これは主部の嬰ハ短調と同主調(=同名調))に移行します。ここまでで主部(A部)は終了です。 主部の暗く激しい曲調から一転して、B部は明るい陽の光が差し込んでくるような穏やかな曲調となります。 この部分は、コラール風の和音の後、高音からキラキラと駆け下りてくる分散音型がすがすがしく爽やかな印象を与えます。 この「コラール風和音+分散下降音型」が1つの単位を構成し、4つでさらに1つの単位(B1とします)を構成します。 4つのうち1回目は変ニ長調の主和音型、2回目はその属和音型、3回目は和音の構成音のうちC音をC♭音に変えることによって変ト長調に転調を行い、 4回目は和音で再び変ニ長調に戻すという構成です。 和音部分は特段難しい部分はありませんが、高音から駆け下りてくる分散和音をキラキラとした音色で軽やかに演奏しなければならず、 この部分がさりげなく難しいです。右手は、5指−2指−4指−1指で弾く4つの8分音符を1つの単位として下降していきます。 このうち5指と4指で全音階を下降していき、間の2指、1指で主和音のいずれかを弾くという基本法則があり、 この動きは木枯らしのエチュードの右手の下降音型と類似しています(但し木枯らしの場合は右手の2声のうち外声部が半音階になっており、 一部(と言ってもD#のみ)3指で取る箇所があるところが異なります)。 一方、左手は主和音の構成音を1指−3指(一部4指)−2指−5指で弾く4つの8分音符を1つの単位として下行していくものです。 規則性があるため、弾き慣れるのも比較的易しいとは思いますが、音量をセーブした上でキラキラとした美しい音色で さらりと弾かなければならないため、各指が非常に訓練され独立していることが必要になります。 素人の場合、この部分をバリバリと汚い音で弾く人が結構多いです。 このB1部は、コラール風の和音を1オクターブ上げて和音の構成音をさらに増やして繰り返された後、 両手で駆け上がるアルペジオ+上下動する分散アルペジオを1つの単位として、変イ長調→変イ短調→変ト長調→変ト長調+分散アルペジオの半音階的下降進行となり (ここまでをB2部とします)、 B1が戻ってきます。例によってB1部は登場するたびにマイナーチェンジが施されていますが、 このB1部の4回目はそれまでの変ニ長調ではなく変ロ短調となっており、演奏しにくい部分です。 これが終わると主部のモチーフが静かに再登場し、右手にユニークな上昇パッセージも登場し、左手のオクターブが徐々に力強さを増して、 両手による激しい不協和音とオクターブが跳躍を介して交互に登場し、 主部(A1)が戻ってきます。これは同様にA2部に移行しますが、途中で大幅な移調が行われ、 このA2部の最後の左手オクターブの上昇部は、 1度目の登場で嬰ハ短調であったのに対し、ホ短調と短3度上げた音程になっています。 そしてA1部は省略されて、そのまま同名調のホ長調に移調してB1部が再現されます。 これは1回目に変ニ長調で登場したものをホ長調に移調しただけのものですが、 これだけでもだいぶ弾きにくくなっています。 このB1部が終わると、今度はこれが同名調のホ短調に変えて再現されますが、ここはホ長調の直前部分と雰囲気ががらりと変化し、 孤独なつぶやきといった趣で、音量も著しくセーブすることが求められます。 高音から駆け下りてくる分散アルペジオもソットヴォーチェで疾駆することが求められるため、技術的に難しい部分です。 ここも他のB1部と同様に(和音部+分散アルペジオ)の基本単位を4つ登場させていますが、 調性は1回目:ホ短調、2回目:ホ短調の平行調のト長調の属和音、3回目:嬰ヘ短調、4回目:嬰ヘ短調となっています。 そしてその後、静かなパッセージ部を経て、いよいよコーダに向かいます。 コーダに入る前、左手で同一パターン音型(オクターブトレモロを含む)の上に、右手で和音を押さえながら徐々に高揚し、 最後は両手のオクターブ連続を経て、怒涛のコーダに突入します。 右手は一定して速い8分音符を続けますが、その間、左手の音型は様々に変化します。その中でも特徴的なのは、 左手のオクターブ音型の中に、2オクターブ〜1オクターブ半の極めて速い跳躍が求められる部分があることです。 例えば、(C#→C#、D#→C#、E→C#、F#→C#)&(H→H、C#→H、D#→H、E→H)といった具合で、 このように嬰ヘ短調の前半部とホ長調の後半部に分けると、 前半部の跳躍の開始点はC#→D#→E→F#と全音階を上昇しながらも着地点はC#で一定、 後半部の跳躍の開始点はH→C#→D#→Eと全音階を上昇しながらも着地点はHで一定、という規則があり、 きちんと覚えていれば跳躍後のミスタッチはほとんど起こらなくなります。 このコーダでは右手のパッセージの中に6度や3度の和音が登場してきたりして、各指の独立性がないと 難儀する部分なのかもしれませんが、しっかりした指があればそれほど難しくはないと思います。 最後は左右で一見不規則に見えるなユニゾンのパッセージを駆け上がりながら最後に向かい、 最後は左右のオクターブの乖離跳躍の連続で嬰ハ長調の調性が明らかとなり、 同調の力強い和音とオクターブの強打で華やかに終わります。 この作品は他のスケルツォよりも小規模ながら、 ヴィルトゥオジティ溢れる激しさと精妙ですがすがしい分散アルペジオの対比の妙とユニークな構成、 華やかでピアニスティックなコーダが作品の大きな魅力となっています。 作品の規模の割にコーダの規模が大きく、全体として見たときにバランスが悪いと評されることもありますが、 1つ1つの楽想はショパンならではのユニークな個性に満ち溢れており、ショパンの傑作の1つに間違いないと思います。
スケルツォ第4番ホ長調Op.54Presto, 3/4拍子作曲年:1842年 難易度:10/10 標準演奏時間:10分00秒〜10分30秒 この作品は急−緩−急−コーダの典型的な3部形式のスケルツォです。 ショパンの他の3曲のスケルツォと異なり、明るく軽快、快活な曲想を主体にしており、 「諧謔曲」という本来のスケルツォの概念に最も近い、真にスケルツォ風の作品となっています。 この曲を知らずにショパンの他のスケルツォ同様、激しい曲調を想像・期待して臨むと、 良くも悪くも「肩透かし」を食らう可能性がありますが、 華麗さや勇壮さも十分兼ね備えたスケールの大きな作品であり、華やかな演奏効果も十分に堪能できる優れた作品です。 ロマンティックな旋律や暗く激しい情熱を期待すると、やや物足りなさを感じてしまう人が多いと思いますが、 僕はこの作品を初めて聴いた時、はっとするような不思議な感動を覚えました。 ショパンのスケルツォ全4曲中、技術的な難易度は最も高く、ショパン国際ピアノコンクールでは、 スケルツォ全4曲の中でこの曲を選曲する出場者が最も多い印象があります(但し、これは個人的な感覚であって、 具体的な集計を取ったわけではありません)。 主部(Aとします)はホ長調で始まります。両手ユニゾンの単純で軽快なテーマ(H−C#−G#−C#−H−−−)から始まり、 スタッカートでホ長調の主和音の近接3音で構成される和音が右手で2和音、そのすぐ下の構成音を左手で取り、 1拍ずつ上昇していき(17〜20小節)、その後、下降する際には4和音になりますが(21〜23小節)、構成音がイレギュラーとなり、 正確に記憶して押さえるのが実は意外にさりげなく難しい部分となっています(ここを曖昧に弾くピアニストもいます)。 両手ユニゾンのテーマは登場するごとに微妙に音が加えられたり変奏されたりしますが、 2回目の登場では単音が和音になる程度のマイナーな変化に留まります。 このように、メインテーマが登場した後、右手に軽妙で速い細切れのパッセージが登場しますが(65〜72小節)、 このパッセージ1単位の中では前半の上昇部分(65〜68小節)がさりげなく高難易度となっています(H#C#D#C#G#F#G#F#E#F#D#C#A#HD#E−Eの音配列の部分です。) この部分の運指について質問を受けたことが複数ありますが、僕が長年弾き続けてきて最も弾きやすい運指を考案した結果、 恐らく12314232125421315、が最善と思われます(パデレフスキ版の運指と同じです)。 このパッセージの後半は1回目、2回目と2パターンありますが、Aにナチュラルの付く1回目とAに#の付く2回目と、いずれも4321の運指で 下降してくるだけなので極めて容易です。 その後も右手に早いパッセージが登場しますが、下降音階部分は易しいものの1指、2指、3指で狭い範囲を動く部分が実は意外にもつれやすくさりげない難所となっています。 そして左右の早いユニゾン部分は右手1234指、左手4321指でそれぞれ半音ずつ上昇という音型を短三度ずつ下降しながら繰り返す動きをしますが、 ここは黒鍵と黒鍵の間の狭い白鍵に指を入れて均等に弾かなければならない上、リズム的には3拍子であるため、技術的にもリズム的にも入り組んだ さりげない難所となっています。 余談ですが、ヨーゼフ・ホフマンという19世紀から20世紀にかけての大ピアニストの名著「ピアノ演奏Q & A」の中で、「指先が太く、黒鍵と黒鍵の間の白鍵を 弾かなければならない場合、どのようにすればよいでしょうか」という学生からの質問に対して、「わざわざ黒鍵と黒鍵の間の白鍵を弾かなくても、 白鍵は広いのだからそこを弾けばよい」という珍答をしていたのが印象に残っています。しかしこれはホフマン氏一流の皮肉なのかもしれません。 というのも、どんなに手が大きく指の太いロシア人でも、例えばリヒテルなどのピアニストもこの作品を実に素晴らしく演奏しているので、 ピアノは相当に規格外の手を持つ人でなければ誰でもどんな曲でも弾けるようには造られているのだと思います。 このスケルツォ第4番は細かいパッセージが難しいのですが、その他の旋律的な和声的な経過句は技術的には易しい部分です。 153小節で冒頭のテーマの類似型が再登場しますが、絶対音程も相対音程も全く異なっており、ホ長調から遠隔調の変イ長調で再現されます。 この小刻みの和音進行(169〜177小節)もしっかり弾くのがさりげなく難しいです。 そしてこのテーマ+小刻みの和音進行は、今度はテーマ:ヘ長調、小刻みの和音進行:嬰ヘ長調というように、 意外な転調が行われ、この小刻みの和音進行もやはりさりげない難所となっています。 主部の構成を考える上で、217小節からは主部の中の中間部という位置づけになります。 左手に速い2オクターブにまたがるパッセージが登場し、その後、速いパッセージが右手に移りますが、 この部分は途中までの上昇傾向の部分が実は規則性がなく、調性も不明瞭でラプソディカルな進行で、 一体どのような発想をすればこのような楽想が思い浮かぶのか、と感嘆させられてしまうような天才的なピアノ音楽です。 そして上昇傾向が終わるとほぼ単純な下降全音階となり、ここで嬰ハ長調の調性が明らかになります。 これとほぼ同じものは今度は2度(全音)上げて繰り返され、ここでも下降全音階で調号が#から♭に変更され、 変ホ長調の調性が明らかとなります。 249小節以降は主部の中間部の後半に当たります。調性はロ長調で、右手で付点四分音符で2拍子系の旋律を刻み(8分音符3×2)、 左手で8分音符2×3の3拍子系を刻むという複合リズムとなっています。 このリズムはワルツ第5番(変イ長調Op.42)の第1主題と極めて類似しています。 この部分は技術的には易しい部分です。この部分の最後にはデクレッシェンドして主部の再現に戻ってきます。 273小節以降はホ長調の主部が再現されますが、テーマはそのままで右手に4分音符でテーマの下にもう一声加わります。 そして保持和音の下にも左手にもう一声加わり、主部のテーマに声部が追加されアレンジされています。 細切れの上昇下降和音や、例の細切れのパッセージはほぼそのままの形で再現されますが、 353小節以降は新出の楽想で、クレッシェンドとアッチェレランドをしながら高揚し、大爆発を起こします(382小節まで)。 ここで流れが一旦途切れ、静寂が訪れます。 384小節目を中間部の冒頭とするかどうかは意見が分かれるところだと思いますが、 スケルツォを1小節を1拍と数えた場合、384小節目は4拍目に相当し、前の流れを受け継いでいると考えるべきなので、 392小節目までは主部、あるいは中間部の序奏に相当すると考えた方が良いと思います。 中間部中ほどにもこれに相当する経過句が出現しますが、これはあくまで中間部のテーマ再現への「つなぎ」と考えるべき部分と思います。 393小節以降が中間部となります。最初の8小節(393〜400小節)は嬰ハ短調で陰鬱な旋律が提示されますが、 次の8小節(401〜408小節)はその平行調のホ長調に転調します。しかしそれも8小節で終わり、 409小節で嬰ヘ短調に転調します。その後は調性は不安定となり、右手では同様に狭い音程の不安定で憂鬱な旋律を奏でます。 433小節以降は前出のテーマの再現となりますが、右手の旋律が1声から2声に増えています(時々3和音も登場します)。 473小節以降は 明るく快活な真にスケルツォ風の作品。作曲当時、ショパンは、ノアンのジョルジュ・サンドの別荘で 安定した生活に恵まれ、本業の作曲に心置きなく専念できる環境にあり、精神的にも極めて充実していました。 この作品もそうした彼の充実した気力がみなぎっているばかりでなく、随所に陽気さが現れています。 本曲はABAコーダの3部形式で書かれています。主部は スタッカートを基調とする軽快な楽句と細切れの速いパッセージ が基本となっています。喜ばしく軽快な楽句が耳に心地よく響きます。主部の中ほどでは 速い不規則なパッセージと、ワルツ第5番を想起させる右手2拍子、左手3拍子のいわゆる複合リズムが 現れ、さりげなく弾くことが非常に難しい難所となっています。 この部分を挟んで再び最初に示された軽快な楽句が戻った後、オクターブの強打によってパッションは 最高潮に達します。 中間部は嬰ハ短調で静かに始まり、陰鬱な情緒に支配されています。 嬰ハ短調、ホ長調、嬰へ短調の調性の間をさまよいながら、その憂鬱な調べは、やがて人の声の ような悲痛な叫び声に変わり、甲高く響き渡ります。 この中間部は、恍惚状態の不安定な楽句を挟んで2回繰り返されますが、それが終わると、主部の再現部 に向けて高揚して行きます。この中間部と主部の接続部は、技術的に非常に華やかに書かれており、 コーダと並ぶ難所であります。 主部は、最初に現れたものとほぼ同じものが再現され、経過句を挟んだ後、華麗なコーダを迎えます。 このコーダは極めて技巧的に書かれ、この大曲を華々しく締めくくります。演奏効果の高い作品で、第2番についで 人気の高い作品です。
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