ショパン・バラード第1番〜第4番
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ショパンのバラードについて

作品の特徴:
・詩人ミツキェヴィッチの詩からインスピレーションを受ける
・物語風に展開される、劇的でスケールの大きな作品群
・但し、演奏の際には、純音楽的アプローチが必要
・6/4拍子、または6/8拍子の3拍子系のリズム
・ショパン独特の詩的な感性とピアニスティックな華やかさも魅力

 「バラード」は、「物語」を意味するフランス語が起源となっているようで、一般には、物語詩、 譚詩(たんし)を指すもののようですが、ロマン派時代以降は、音楽の中にも積極的に文学が 取り入れられる傾向が顕著になり、「物語的、文学的な雰囲気の音楽的作品」という 意味合いを持つようになったようです。

 ショパンが書いた4曲のバラードはポーランドの詩人アダム・ミツキェヴィッチの詩に霊感を受けて作曲された ものと言われています。それぞれ、作曲の動機となった物語が個別に存在するようで、 現在、ショパンを研究する専門家の間では、その物語を特定する研究が進んでいるようです。 しかし、皆様もご存知のように、ショパンという作曲家は、音によって具体的なイメージを表現しよう という試みには無関心で、表題性、具体性を極力避け、音による抽象表現の意思を貫き通した という点では、音楽を文学や評論に結びつけて表題性を追求したシューマンを初めとする多くの ロマン派作曲家とは異なる孤高の作曲家でした。 そのため、ショパンのバラードを演奏する際には、創作の動機となった物語の内容については、特に知る必要は ないというのが、僕自身の個人的な考えです。むしろ、ショパンのバラードを聴いたときに、直接、 音を聴いて感じるイメージを大切にしながら、「純粋な抽象音楽」として、音のみのよるイメージを 追求しながら自らの表現を作り上げていくという一般的方法論を適用しても全く問題ないと思います。

 ショパンのバラードは基本的に3拍子系で、第1番が6/4拍子、第2番〜第4番は全て6/8拍子で書かれています。 4曲ともに 極めてドラマティックで作品の規模は大きく、技術的にはいずれも困難なものに数えられる難曲で、演奏効果もきわめて高いです。 ショパンの創作の一つの頂点といってよく、ショパンを弾くからにはこの4曲は絶対にものにしてもらい たいです。

 ところで、ピアノを自ら弾く人と、専ら聴くだけの人とで、ショパンの4曲のバラードの人気度はかなり異なる というのが、私の実感です。大学のピアノサークルなど、腕の立つピアノマニアの間では 第1番の人気が頭一つ抜きん出ていますが、聴く専門の人は、第4番派が若干多いように思えます。 これは第1番が若々しく覇気に満ちていて、演奏技術も手頃で演奏効果も高く、華麗に 弾いて自己満足を味わえる作品であるのに対し、第4番は哀愁に満ちているばかりでなく、 さりげない部分で、実は技術的に大変高度なものを要求されていたりして、 案外労多くして実りの少ない大変な難曲となっており、素人ピアノ弾きを拒む要素があまりに多いためでは ないかと私は思います。僕の正直な感覚では、バラード4曲の中では、第4番が頭一つ抜き出た傑作中の 傑作という認識で、ショパンコンクール第2次予選でバラード4曲中どれを選ぶかと聞かれれば、迷わず この第4番を選びます。これは迷う余地がないです。みなさんはどうでしょうか。
(一般的な人気度は、第1番、第4番、第3番、第2番の順のようです。)

バラード第1番ト短調Op.23

作曲年:1831-35年、出版年:1836年

ソナタ形式の変形で書かれた大曲で、ショパンのバラード4曲中、極めて人気の高い作品ですが、 作曲当時、これを聴いたシューマンは「優れた作品ではあるが、彼の作品の中では全く天才的、独創的な ものではない」と批評しています。 いきなり4/4拍子の変イ長調のユニゾンで始まる序奏は6/4拍子・ト短調の第一主題との関連性は薄いですが、この作品の劇的な性格を 象徴しているかのようです。続くト短調の第一主題に入る直前で、左手がD,G,Esという不協和音を 押さえる箇所がありますが、このEsの音は表記ミスではないかと言う人もおり、我が国でもっともメジャーな 全音楽譜出版社ではD,G,Dの表記を採用していますが、ポリーニ、ツィマーマン、アシュケナージ、ルービンシュタイン といった一流ピアニストはみな不協和音の原典版の方を採用しており、私もここの部分の最高音はEsを とることにしています。
続くト短調の第一主題は陰鬱で捉えどころのない旋律です。単純なようでいて、 心に真っ直ぐに届く旋律ではなくて言いようもなく屈折してためらいがちに途切れ途切れ繰り返される 不思議な趣の、でもやはり単純な旋律。本当に表現のツボを押さえていないと、いくら音色が良くても 歌われていても、何とも様にならないといった、ピアノ演奏者にとってはかなり厄介なもののようです。 プロのピアニストを含め、この旋律を間違ったアーティキュレーションで 演奏する人の多いのは致し方ないとはいえ、残念に思います。続くト短調の技巧的な経過句を経て登場する変ホ長調 の第2主題はすがすがしく爽やかで、聴く人の心に真っ直ぐに入り込んでくる美しい旋律となっています。この第2主題は この作品の後半で大活躍します。この曲がバラード4曲中極めて人気の高い作品なのは、その 華麗な後半部のためだと思います。第2主題がイ長調で大爆発する部分以降は、演奏効果が極めて高く、 技術的にも難しく書かれており、ショパンの粋なピアニズムがふんだんに盛り込まれています。 そして最後を飾るPresto con fuocoの劇的なコーダは、この作品の最大の聴かせどころであり、技術的な 難所としても知られています。弾いていて一人で得意になれる部分でもあります。自己満足を 味わいたい人にはうってつけの作品です。ショパンのバラードを初めて弾く人には、僕はこの第1番を 強く奨めたいです。

バラード第2番ヘ長調Op.38

作曲年:1836年(初稿)〜1839年(再稿)、出版年:1840年

ショパンのバラードの中では人気は今一つですが、劇的で演奏効果の高い名曲だと僕は思います。 曲の構成はバラード4曲中最も単純なABABコーダ。 A部のヘ長調の単純な第一主題は、極めて平穏で屈託がないし、取り立てて言うほど魅力のある旋律ではない のも事実です。だからこの曲を初めて聴いた人はこの調子で最後まで続くのではないか、と思ってしまい、 CDのSTOPボタンに手が伸びてしまっても仕方ないと思います。この作品の最大の魅力は、「青天の霹靂」の如く、 何の前触れもなく突然落ちてくる 雷にあるからです。イ短調でいきなり始まるPresto con fuocoの主題では、暗く鬱積した情緒が大爆発し 猛り狂います。 声を荒げるショパンの悲痛な叫びが聞こえてくるようで、いつ聴いても胸が苦しくなる部分です。 この嵐の部分の激しさを強調するために、その前に穏やかなへ長調の旋律が必要だったのだと僕は考えています。 それが静まると再び第一主題のモチーフを使った平穏な中間部がしばらく続くが、ここはただ平穏なだけでは なく、嵐の前触れを予感させるものがあります。そして再び、Presto con fuocoの主題が形を変えて登場しますが、 この部分は、その前の数小節間で、クレッシェンドとアッチェレランドが行われるため、 1回目ほどの驚きはないです。しかし、演奏困難な箇所で、左手の速いパッセージは、よく見ると2オクターブ に近い音域を駆け巡っています。
続くコーダも圧巻で演奏効果抜群です。 バラード4曲中構成的には最も単純で演奏時間の短い作品ですが、この感情の高ぶり、猛り狂う激しさが この曲の隠れた人気の理由でしょう。

バラード第3番変イ長調Op.47

作曲年:1840-41年、出版年:1841年

バラード4曲中最も穏やかな情緒に満ちており、典雅な趣のある名作。全音楽譜の解説者はこの作品を、 「4曲中最もポピュラー」と書いていますが、それが事実かどうかは別としても、この作品の魅力は、 この作品より人気の高い第1番、第4番に決してひけをとらないと思います。 僕はこの曲を初めて聴いたとき「いいところは1ヶ所しかなかったなあ。」というのが正直な感想でした。 その1ヶ所とは…??バラしてしまうと、この曲の後半部の入口の変イ長調の部分で右手が4つのトリルを 弾き終えた後、左手の広音域のアルペジオの伴奏に乗って、右手がオクターブで豊かな旋律を歌う 部分(これでわかるかな?舌足らずですみません)。特にここの最後の方にDesとFの隠れた10度の響きが あるのですが、このハーモニーは何度聴いても聞き惚れてしまいます。
ところでこの作品に度々登場する(初めはハ長調で登場)軽快なメロディーは、同時に優雅さも兼ね備えています。 ここの表現の難しさはそのペダリングにあります。一般にペダリングというのは、 響きが濁らないようにフレーズの切れ目に対してタイミングを若干遅らせて踏みかえるものですが、この部分は例外で、アウフタクトと次の音を つなぐ以外の目的でペダルを使用してはならない、でないと軽快さが損なわれるというのが通説です。 対して転調後のヘ短調では、逆に拍の頭でペダルを踏みかえるように弾くようにすると若干 重くなった感じで、曲調の変化を聞き手に意識させることができるという効果があります。ちなみにここを そのペダリングから本質的な表現方法を見出して実践しているのは、僕の聴いた限りではツィマーマンただ 1人。ペダリングが下手な人の場合、途切れ途切れだったり変に重々しくなってしまったりすることが多いよう ですが、最高の技術を 持った一流ピアニストは、この部分を上品に軽快に極めて自由闊達に弾き進めていきます。聴き比べが面白い 部分です。
対して曲の後半は嬰ハ短調に始まり、まんべんなく難しいです。右手が嬰ハ短調の分散和音をこれでもかと 叩き続ける部分が最高に難しいですが、その後も、左手のパッセージは広音域に渡り、全ての音を拾わなければ 曲調が曖昧になるので厄介な部分です。しかし難所もそこまで。一聴して華麗にきこえるコーダが実は 案外やさしいのです。(みなさん、ここを弾いているピアニストの顔をみて下さい。例外なく「ほ、やれやれ、この曲も どうやら無事に終わったな。」という顔をしています(笑)。) バラード4曲中技術的には最も易しいと思いますが、演奏効果は高く、洗練された感覚と表現技術を要求する 難曲であることには変わりがないと思います。

バラード第4番ヘ短調Op.52

作曲年:1842年、出版年:1843年

ショパンの円熟期の最高傑作の一つで、僕自身の中ではバラード4曲中、技術的にも音楽的にも最高峰。 と同時に、ショパンのバラード4曲中幅広い年齢層、聴衆からまんべんなく票を集めるのが、この 第4番です(若年層に大人気の第1番との比較で)。
自由なロンド形式で書かれているところもユニークで、ハ長調で始まる出だしからまるで力みが ありません。続くヘ短調の第1主題は、哀愁に満ちた旋律で、ショパンの心の憂いを優しさで包み隠したような 微妙な色調を持っています。相応の敏感な感覚が要求される部分で、この第1主題をどう表現するか も、ピアニストの大試金石と呼べると思います。続いて左手のゆっくりしたオクターブの経過句を経て、 神々しいばかりの楽想がたちのぼります。黒鍵と黒鍵の間に中指を入れてトリルを弾くことや、1指を鍵盤に 乗せたまま、24指、35指で3度のパッセージを弾くことなど、さりげない部分が案外難しいです。これが問題なく 出来る人はかなり高度な演奏技術を既に身につけていると思ってよいと思います。 続く主題は第1主題を複雑にしたもので、複雑な和音の中から美しいメロディーラインがはっきり浮かび上がるように 弾かなければならないのですが、これも案外な曲者。続く変ロ長調の第2主題の前のパッセージも単なる経過句の ようで軽視されがちですが、ここも技術的にさりげなく難しいです。しかもこの音型の登場はこの部分一回こっきり。まさしく 「労多くして実り少なし」の典型で、僕らピアノ愛好者の最も嫌がるパッセージ。第2主題のあとの パッセージ(6度の連続が中心)は耳に聞こえる以上に技術的に難しいですし、単に指が動くいうだけでなく、 「技術の洗練度」というピアノの演奏の最も深遠な要素が必要とされます。この長いパッセージが終わると 再び第1主題が現れ、それは左手の広音域の伴奏に乗って右手が変奏されたパッセージを奏でます (このホームページの背景の楽譜が実はこの部分です)。この部分では、左手に関しては第2指を軸にして手の回転を利用しながら 滑らかに弾く必要があります。次に現れるのは、第2主題で、ここでは変ニ長調に変わっています。左手の 上昇音階に乗って右手が上品な和音でファンタジー溢れる旋律を奏でます。ここを聴いていると、もうこの曲も 終わり近し、と感じます。曲のクライマックスに向かって少しずつ盛り上げるのですが、この「少しずつ少しずつ」 というのが、これまた曲者で、短気を起こすとすぐに音量が飽和してしまいます。ここは演奏者の感性と それをコントロールする知性とが要求されます。と同時に左手の広音域のアルペジオは、指の長さを 必要とするため(指の短い僕にはこの部分は大変な苦労)、技術的には最も難しい部分でもあります。 そしてこの曲のクライマックスの両手の凄まじいアルペジオ(Op.25-12の練習曲に類似)と調性のない 狂気の凄まじい和音連打で一瞬静寂が訪れます。最後は狂気乱舞、猛り狂うコーダで全曲を締めくくります。 このコーダもウルトラC並の難易度と思います。全曲に登場する哀愁に満ちた旋律を敏感に感じる優れた感覚、 技術的な洗練度、高度に磨きぬかれた演奏技巧、音色に対する研ぎ澄まされた感覚、など、ピアノ 芸術の総合力が要求される極めて難易度の高い作品で、僕は、その人が持っている 表現力が、この作品一曲だけで分かってしまうほど、あらゆる要素が盛り込まれた大傑作だと思っています。

曲目名曲度(最高5)体感難易度(最高10)一般的認知度(最高5)
バラード第1番ト短調Op.23 ★★★★★  ★★★★★★★★★★★★★★
バラード第2番ヘ長調Op.38 ★★★★  ★★★★★★★★★ ★★★
バラード第3番変イ長調Op.47★★★★★  ★★★★★★★★★ ★★★
バラード第4番ヘ短調Op.52 ★★★★★  ★★★★★★★★★★ ★★★★

更新履歴
2002/10/** 初稿

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