第15回ショパン国際ピアノコンクール(2005年)
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1. 結果
順位受賞者出身その他
1位ラファウ・ブレハッチポーランドポロネーズ賞、マズルカ賞、コンチェルト賞
2位該当者なし------
3位イム・ドンヒョク韓国 
イム・ドンミン韓国 
4位関本昌平日本 
山本貴志日本 
5位該当者なし------
6位カ・リン・コリーン・リー香港---
本選出場者ヤツェク・コルトゥスポーランド 
工藤奈帆美レイチェルアメリカ 
根津理恵子日本 
大崎結真日本 
ソン・ヨルム韓国 
アンドレイ・ヤロシンスキーロシア 
マズルカ賞ラファウ・ブレハッチ(Op.56)---ポロネーズ賞、マズルカ賞、コンチェルト賞
ポロネーズ賞ラファウ・ブレハッチ(Op.53)---ポロネーズ賞、マズルカ賞、コンチェルト賞
コンチェルト賞ラファウ・ブレハッチ(Op.11)---ポロネーズ賞、マズルカ賞、コンチェルト賞
ソナタ賞ラファウ・ブレハッチ(Op.58)---ポロネーズ賞、マズルカ賞、コンチェルト賞

審査員長アンジェイ・ヤシンスキ(ポーランド)
副審査員長ピョートル・パレチニ(ポーランド)
副審査員長中村紘子(日本)

※第15回ショパン国際ピアノコンクール特集掲載雑誌
月刊「ショパン」12月号
「音楽の友」12月号
MOSTLY CLASSIC 2006年1月号

今回から選考方法が大幅に変更
従来、ワルシャワのショパン国際ピアノコンクール(以下「ショパンコンクール」)では、応募者の中からコンクール出場者 を決定する際、ビデオ、書類審査を行っていましたが、今回から基本的に応募者全員が開催地ポーランド・ワルシャワに行き、 審査員の前で実際に1曲演奏する権利が与えられることになりました。これは、審査委員長のアンジェイ・ヤシンスキ氏によれば、 審査をより公平なものとするために採られた措置、とのことです。確かにビデオは事前に一番よい状態での演奏を記録できる という利点はあるものの、編集が可能であり、また画質、音質等のクオリティによって審査結果が大きく左右されることに なり、演奏者の才能、実力が正確に把握できないという欠点があり、さらに演奏者の持つ独特の雰囲気(役者性、カリスマ性 も含めて)も伝わりにくいという短所もあるわけです。このようなことから、今回の予備審査導入となったようです。 但し、この予備審査は、審査員全員がポーランド人とのことで、さらに2箇所の会場に分かれて並行して審査が行われた ようです。このため、各審査員は参加者全員のうち、約半数の演奏しか聴くことができなかったそうです。 審査員の1人、第11回ショパンコンクールで、ブーニン、ラフォレに次いで第3位を受賞した名ピアニスト、クシシトフ・ ヤブウォンスキ氏は、第1次予選が始まってからの各出場者の演奏を聴いて、自分が聴いていない約半数の出場者の中には、 自分の審査基準では通過させたくないような人がまだかなり残っていた、とのことです。 さらに、予備審査のもう1つの別の問題点として挙げられるのは、そのための費用(ポーランドへの飛行機代、 ホテル等の滞在費用)が自己負担となることです。このことは、参加者の才能以前に、経済状態によって「選別」が行われて しまうことにつながり、本当の意味で「公平さ」が確保できているのか、今回の予備審査導入に伴う新たな問題点として 浮上してきているようです。

また今回のコンクールから、選考過程が一回減ったのも大きな変更点です。 前回までは、予選3回、本選1回の計4回の選考によって最終順位が決定され、本選出場者は基本的に6人、 その時点で入賞者が事実上決定するという仕組みしたが、今回からは、予選の回数を1回減らし、 予選2回、本選1回の計3回の選考となりました(予備審査を除いて)。さらに本選出場権利は従来の6人から倍の12人に 与えられ、本選での演奏(ワルシャワフィルとのピアノ協奏曲)によって最終的に上位6人に賞が与えられるという制度に 変わった点も大きな変革です。出場者にとっては、本選出場までの切符を獲得するまで通過しなければならない予選の数が 減ったことを喜びたい気持ちもあるかもしれませんが、本選まで残ったからと言って即入賞とはならず、最後の最後まで 入賞をかけて闘わなければならない点が過酷さを増しているという見方もできます。

このように今回から選考形態が大幅に変更されたわけですが、これは単純にコンクール運営のコスト削減のためだそうです。 しかしそのために出場者の負担が増えたという見方もあります。今回の選考で素晴らしい才能が従来以上にきちんと発掘、評価 されたか、才能はありながら涙を飲んだ参加者はいなかったか、その逆はなかったか、審査の公平さと基準は保たれていたか、 など、今回の選考形態と最終結果を照らし合わせ、今回の利点は次回以降に残し、問題点は再検討をし、さらに優れた選考形態を 追求していっていただきたいと思います。

優勝は、ポーランド期待の新星ラファウ・ブレハッチ
優勝は、地元ポーランド期待の新星、ラファウ・ブレハッチに輝きました。またポロネーズ賞、マズルカ賞、コンチェルト賞 も合わせて受賞(これはツィマーマン以来の栄冠)、地元ポーランドの副賞なども多く受賞し、久々の真の優勝者の 誕生にポーランド全体が沸き返ったようです。思い返せば、地元ポーランドからの優勝は、1975年第9回ショパンコンクール 優勝のクリスティアン・ツィマーマン以来、実に30年ぶりとなります。それでは、ブレハッチの演奏スタイルはどのような ものだったのでしょうか?ブレハッチの演奏(他の出場者の演奏も)を日本にいながらにして聴いた方も多いと思いますが 僕もその1人です。ちょっと横道にそれてしまいますが、ここで、その状況について少し説明しておきたいと思います。

ネットで実況中継の視聴が可能に!
実は今回からショパンコンクールの模様がインターネットテレビ中継でリアルタイムに 見られるようになり、僕自身もその恩恵を受けた1人です。ポーランド放送局(iTVP)から、ショパンコンクールの実況を 動画、音声により配信され、インターネットに接続できる環境にある人は皆、家に居ながらにしてショパンコンクールの 出場者の演奏をリアルタイムで楽しむことができるという、僕たちショパンファンにとっては願ってもない非常に恵まれた 環境が与えられたわけです。下記サイトです。

ショパンコンクール実況中継(ポーランド放送局iTVP)

コンクール期間中、10月3日から10月20日までのこのサイトのアクセス総数は、36万を超えたとも言われています(この数字は 「驚異的」という意味で引き合いに出されたようですが、僕は逆にこの数字を 見たときは意外に少ないという印象を持ちました。皆さんはどう思われたでしょうか?)。国別に見た場合、 日本からのアクセス数がもっとも多く、全体の31.6%、次いでポーランドが21.8%、韓国の14.5%となっている ようです(「音楽の友」12月号、「MOSTLY CLASSIC」2006年1月号より抜粋←iTVPの発表)。 ただ、実況が見られると言っても、通信状況(PCの処理速度も影響していますが)が芳しくなく、数秒ごとに画像、音声が停止、 接続が切断され、そのたびに再接続を試みるという状況が頻繁に起こり、演奏を1曲通して聴くには程遠い状態でした (少なくとも僕は)。さらに出場者の演奏は日本時間の真夜中になることが多く、多くの日本人ショパンファンにとっては 過酷な状況が続いたともいえます。次の日、仕事や学校がある人は、泣く泣く諦めて床に就いた人も多かったのではないか と思います。それでも、「5年に1度のショパンコンクール、しかもネットで実況が見られるこの大事な機会、絶対に逃すわけ にはいかない」とばかりに目にマッチ棒を立てて(?)、必死にPCのディスプレイを食い入るように見ていた、という筋金入りの ショパンファンの方も多かったのではないか、と想像しています(実は僕もその1人でした)。 次の日、眠い目をこすりながら職場や学校に向かった方も多かったのではないでしょうか? ただ、どうしても接続状況が芳しくないこともあったので、僕の場合、諦めることも多かったです。 しかし、たとえ断片的にではあっても出場者の演奏の「音」をリアルタイムで聴くことができるというこの環境と、この粋な計らいを していただいたポーランドの放送局(iTVP)には、ショパンファンの1人として限りない感謝の意を表したいと思っています。 次回の2010年には インターネットの技術、環境はさらに発展しているでしょうし、配信側の体制もさらに改善・強化され、整えられるでしょう から、次回以降はさらに快適な環境でショパンコンクールが 楽しめる状況になっていると思いますし、そのことを強く期待しています。

ネット放送で聴いた出場者の演奏から
優勝ラファウ・ブレハッチ〜気品と清潔感に満ちたエレガントなショパン
ブレハッチの演奏は、ショパンコンクール本選のピアノ協奏曲第1番をiTVPのネット中継で聴いたのが初めてでした。 この日は何故か接続状態が非常に良好で、ほとんど接続が切れることなく最初から最後まで最高の状態で聴くことが できたのが非常にありがたかったです。

オーケストラの長い序奏の後の出だしの和音から非常にくっきりとしたバランスのよい美しい音に驚きましたが、 さらにその後の第一主題からその自然で高貴な歌に強く惹きつけられました。 そこから先は、もうブレハッチのピアノの世界に我を忘れる幸せのひととき…これは、ショパンの作品の魅力と演奏者の ショパン弾きとしての 才能との 間に「共鳴」、「共振」が起こったときにのみ起こりうる非常に稀な現象ではないかと思います。ブレハッチの演奏は特に強い 自己主張や華やかさ、ヴィルトゥオジティがあるわけではないのですが、それに引き換えて非常にくっきりとしていながらも 繊細でマイルドな音色で、ショパンの音楽の持つ本来の美しさや魅力をごく自然に引き出していく、正統派中の正統派の演奏と 思いました。コンクールでは、審査員の注意を引くために強弱やテンポのメリハリ(デュナーミクやアゴーギク)や技術的な 華やかさが時に大きな効果を発揮するのも事実で、実際、今回の3位以下の入賞者の中にはそのような演奏で大きな効果を上げた ピアニストもいたようですが、ブレハッチの演奏はそれとは全く別の次元にあったように思われました。 こういう演奏スタイルで聴く人を惹きつけるのは非常に難しいことだと思いますが、ブレハッチの場合は、音色の美しさや エレガントな上品さ、気品、清潔感、繊細な詩情と言ったショパンの音楽の本質的な魅力を引き出す表現の「質」が 他の参加者を大きく引き離しており、ショパンの音楽の本質に最も近い演奏をしたという点で、全く文句のつけようの ないダントツの優勝だったのではないか、と思います。

ところで、ショパン国際ピアノコンクールの存在意義については、コンクール創始者イェージー・ジュラヴレフ教授から 現在の審査委員長アンジェイ・ヤシンスキ氏まで受け継がれてきている「伝統」があり、「ショパンの音楽の本質に最も近づいた ピアニストを最も高く評価する」という考え方によって特徴付けられます。当たり前のことのようですが、これはショパン コンクールが他の国際ピアノコンクールと一線を画する非常に重要な基準ではないかと思います。というのも、 最近の腕の立つ若手ピアニストは、ショパンの音楽を 強弱の幅、テンポの幅を用いた演奏効果で必要以上に華やかで「聴衆受け」する演奏をする傾向があると言われていますが、 時としてそれがショパンの音楽の本質から遠ざかってしまう場合が往々にしてあるようです。それでもショパンコンクール 以外のピアノコンクールでは、ピアニストとしての「並外れた力量」として非常に高く評価される場合が多いようですが、 ショパンコンクールでは、「ショパンらしいショパンを求める伝統」を、創始以後現在に至るまで頑なに守り続けてきている ようです。ショパンコンクールで求められている演奏は、何よりも、ショパンの音楽の真実に最も近づいた自然な演奏と 言われます。つまり不自然さや作為、恣意性が全くなく、全ての音符と音符の関連が、本来あるべき姿で必然性をもって 立ち上ってくる極めて自然で洗練されたエレガントな演奏です。これは気品、優雅さ、上品さ、繊細さ、自然さとが 絶妙のバランスで渾然一体となって生まれ出る奇跡の瞬間にのみ起こりうることで、「ショパン弾き」として生まれついた 数少ないピアニストによって初めて可能となるようです。今回優勝のブレハッチは、このような点でまさしく、ショパン弾き としてあるべき理想の姿を示し、ショパンコンクールが求める真のショパン弾き(ショピニスト?ショパニスト)の理想像に 一番近かったという意味では、全く文句のつけようのない優勝ではないか、と僕は思いますし、数多くの批評家もそのように 絶賛しています。

ショパンコンクール始まって以来の「第2位該当者なし」という結果は、トップのブレハッチと 次のイム・ドンヒョク(イム・ドンミンと同点だそうです)との差に開きがあったため、とも言われており、このことは 取りも直さず、ブレハッチがダントツであったことを意味します。「第5位該当者なし」という結果も同様の理由による そうです。ブレハッチは、コンクールの副賞であるポロネーズ賞、マズルカ賞、コンチェルト賞を総なめにし、 それ以外の規定外の副賞も数多く受賞するなど、破格の評価を受け、輝かしい栄冠を手にしました。 果たして彼は今後どのように成長していくのでしょうか?今後のブレハッチの活躍には大きな注目が集まります。

ブレハッチ裏話〜浜松国際ピアノコンクールの出場権
ブレハッチは、2年前の2003年浜松国際ピアノコンクールで、最高位(1位なしの2位)をロシアのアレクサンダー・コブリンと 分け合ったのは既にご存知の方も多いと思います。しかし、その浜松国際ピアノコンクールの書類選考で落選してしまい、 ウィーンで敗者復活戦に参加し、そこで見事合格して出場が認められたとのことです。彼ほどの才能がありながらも、 キャリアその他がなければ、出場が認められないことがあるという事実を考えると、選考基準に関して再検討の余地が大いに ありそうです。浜松国際ピアノコンクールは既にキャリアを築いたピアニストたちが「コンクール荒らし」として、腕試しに 参加することが多いようで、国際コンクールの厳しい一面を見せられた思いです。

ドキュメント
アジア勢の凄まじい躍進!注目を集めたイム兄弟
韓国のイム兄弟(イム・ドンミン、ドンヒョク兄弟)の演奏は残念ながらあまり聴けなかったのですが、予選から注目されていた ようです。2人とも高い技術を持ち、特に弟のイム・ドンヒョクは、2001年のロン=ティボー国際ピアノコンクールでも 優勝の栄冠を勝ち取るなど、華々しいキャリアを築きつつあった若手ピアニストです。断片的にしか聴けなかったのですが、 確かに想像力の飛翔、若さ溢れるフレッシュな感性といった魅力に満ちた才気溢れる演奏だったように思います。 才能という点では、兄のイム・ドンミンは若干引けを取るかもしれませんが、独特の感性を持った才能と思われました。 硬質の音色(若干魅力は薄いですが)でストレートに押し出す力感溢れる演奏はバランスがよく、そこに独特の歌、節回し があって聴く人を惹きつけるユニークさと言ったものが感じられました。 その他、韓国人で本選まで進出したソン・ヨルムは、地元韓国では、才能という点ではイム兄弟に負けていない、いや むしろ彼らを上回る天才と評判の女流ピアニストだそうです。本選では実力を発揮できなかったようですが、 コンクールは一つの結果として受け止め、今後更なる成長に期待したいと思います。

イム・ドンヒョク〜本選演奏中のハプニング?
注目の逸材イム・ドンヒョクは、本選ではヘ短調(第2番)のコンチェルトを弾きましたが、第1楽章が終了したところで、 血相を変えて楽屋裏に駆けていったようで、一体何が起きたのか、驚いた方も多かったのではないかと思います。 僕もそのときの接続状況の悪いiTVPのネット中継を断片的に見ていました。真相は、多くの方はもうご存知のことと思い ますが、演奏前のピアノ調律のときに、調律師が小道具をピアノの中に置き忘れてしまったそうで、演奏者のイム・ドンヒョクは 演奏開始直後ピアノがおかしいことに気づいたようですが、既に始まってしまった以上演奏を止めるわけにもいかず、第1楽章が 終了したところでその異常を訴えたそうです。彼はこのことを振り返って、「医者が患者のお腹の中に、手術用のメスを 忘れてしまったようだ」と語ってケロッとしていたそうですが、本心はどうだったのでしょうか?最高の状態のピアノで 弾くことができなかったのは不運でしたが、それでも続く第2楽章、第3楽章では全く動揺を感じさせない見事な演奏を 披露したとのことです(僕は見ていないのですが…)。

2人の日本人、関本昌平さんと山本貴志さんが見事第4位入賞
日本人が2人入賞、これはショパンコンクールの長い歴史を見ても、1990年第12回のときの横山幸雄さんと高橋多佳子さん 以来、15年ぶり2度目の快挙となります。近年の日本人の演奏レベルの向上については非常に注目されており、 「上手く弾くけれど訴えるものがない」、「優等生的」、「機械的」と言われた時代はもう過去のものとなりました。 それぞれが独自の演奏様式を持ち、確固とした「自」、「個」を臆することなく打ち出し、非常に主張の強い演奏が 多くなってきたことは審査員を初め、多くの教育者が「好ましい変化」として指摘していることです。 第4位の1人、山本貴志さんは、本場ポーランドでピョートル・パレチニ氏(1970年第8回ショパンコンクールで、 オールソン、内田光子に次いで第3位入賞の実績を持つ名ピアニストで今回のコンクールの審査副委員長の1人)に師事して 研鑽を積んでいるようです。 彼の演奏は、第2次予選のマズルカ作品59、ピアノソナタ第2番、英雄ポロネーズの演奏しか 聴けなかったのですが、ショパンの音楽への感情移入が激しく、それを体をくねらせて全身で表現する点でユニークでした。 あまり音量はないようですが、それを補う表現の術を既に体得しているようで、師のパレチニ氏は、本選のピアノ協奏曲第1番の 演奏を聴いて、もっと上の順位でもおかしくなったと絶賛するほどでした。確固とした演奏スタイルを既に確立できている ようですので、そこに音量が加わってさらに大きなスケールのピアニストになっていくことを期待したいと思います。 もう1人の4位、関本昌平さんは、既に2003年浜松国際ピアノコンクールでも第4位に入賞しており、その他のキャリアも築きつつ あるようです。僕はコンクール中、残念ながら彼の演奏は聴けなかったのですが、20歳と若手ながら非常に経験豊富で演奏も 落ち着き払った堂々としたものだったそうです。第2次予選では、用意された椅子の足が揃っていないことに気づいて、 急遽、椅子を他のものに代えてもらうというハプニング(?)もあったようですが、そのような咄嗟の判断が瞬時にできる点も 実に落ち着いており、その後は暖かい聴衆の拍手に迎えられて、全く動揺を感じさせない見事な演奏を披露したとのことです。 これは今までのキャリア、経験によって培われたものも大きく物を言ったように思われます。「4位入賞」という結果には 満足していないとのことで、それは自分の中にある才能に対する自信の表れであり、またピアノ演奏への飽くなき向上心の 現れでもあると思います。彼の今後の活躍がそのことを証明してくれそうな気がします。ともあれ、山本貴志さん、関本 昌平さんの今後の活躍に期待したいと思います。

コンクール推奨のエキエル版(ナショナル・エディション)の使用状況は?
今回のコンクールから、ポーランドのショパン研究家、ヤン・エキエル氏の編纂によるポーランドのナショナル・エディションが コンクールの推奨楽譜として指定されたのは皆さんもご存知の通りです。しかし、実際にこの楽譜を使用している出場者の割合は 非常に少なかったそうで、演奏のミスタッチがあるたびに「あれがナショナル・エディションか?」という疑問符が投げかけ られた、という冗談も飛び出るほどだったと言います。僕は一部しか目にしていませんが、ところどころ奇妙な音があるのは 事実で、どうも今回の出場者はそれに対応できなかったのではないか、と思います。やはり、ポーランドのスタンダードでも あるパデレフスキ版をメインにして、それに各種原典版を参考にするという多くのショパン弾きの勉強方法をそのまま 踏襲した結果だったのだと思います。次回以降、ナショナル・エディションは、ショパンの楽譜の版の中でどのような 位置づけになるのか、しばらくは目を離せない状況が続きそうです。

次回のショパン国際ピアノコンクールは2010年〜ショパン生誕200年
次回のショパン国際ピアノコンクールは今から5年後、つまり2010年に開催されます。これは1810年生まれのショパンの 生誕200年に当たり、今まで以上に祝祭的な性格を帯びたコンクールになると予想されています。 これを機に、ポーランドのワルシャワある2つの団体、ショパン協会とショパン・インスティチュートが1つの国立団体 として統合されるそうです(審査委員長アンジェイ・ヤシンスキ談)。またこの会から開催間隔を4年に1度にする ことも検討中だそうです。ショパン国際ピアノコンクールは既に、参加者の国籍の割合から見ても大きな変化の只中に いますし、新たな過渡期を迎えているといえます。そこにショパンコンクールの制度的な変化も加わり、新たな スタートラインに立つ時期が徐々に迫りつつあるようです。今後、ショパンコンクールはどこへ行こうとしているのか、 そしてその結果、コンテスタントに求められるショパン弾きとしてのあり方はどのように変わってくるのか (これはある意味不変だと思いますが)、目が離せない状況が続きそうです。

最終更新日:2005/11/26


※以下は最終日の3人の演奏に対する僕自身の感想です(2005年10月22日更新内容)。

第15回ショパン国際ピアノコンクールも日本時間の10月22日早朝に終了しました。接続、通信状況がよかったので最終日の3人の 演奏はほとんど聴くことができました。

1人目のヤロシンスキーの演奏は音色は美しかったのですが、これといった特徴もなく、 アピール度が足りないようで目立たないまま終わってしまってちょっと残念でした。強いて言えば第2楽章が美しく、評価できる と思いました。よいものを持っているようなので、そこにメリハリとアピール、存在感が加わってくると一回りスケールの 大きな、説得力のある演奏になっていくように感じられました。

2人目のイム・ドンミン(イム兄弟の兄のほう)の演奏は、力でぐいぐい引っ張っていく男性的で迫力ある エネルギッシュな演奏で、パンチのある演奏で完成度も高かったと思います (第3楽章の冒頭で大きく音を外してしまったせいか、冷静さを失ってしまったようですが、最後は見事に 立ち直ったようです)。ただ音色の魅力には乏しいようで、硬く詰まったような音色がショパンの詩情にマッチ しない部分もあるようにも感じられました(個人的な意見で申し訳ないですけど…)。今後、ショパンを主要レパートリーに するためには、もう少し音色の魅力に磨きをかける必要があるようにも感じられました。タイプ的には、ベートーヴェンや ブラームスのほうが彼本来の資質にマッチするのでは?というのが正直な感想でした。

そして3人目のブレハッチ…。まず上品なタッチから紡ぎだされる鳥肌が立つほど美しくて甘い音色、洗練された テクニックが冒頭から惹きつけて放さない魅力を放っていたのに驚きました。その気品と清潔感が漂う極上の演奏は、 ツィマーマンの再来かと思わせるに十分!ただただ聴き惚れるのみ、という感じでした。そこにある種の余裕すら漂って、 これがコンクール本選の演奏だということを、しばし忘れさせて、聴く人に幸せなひとときをもたらしてくれる、 そんな演奏でした。全ての本選出場者の演奏を聴いたわけではないのですが、この人だけは別格!と思わずには いられない、真のショパン弾きの演奏に久々に巡り合えたことに、しばし感慨に耽りました。 ひたすら美しいものの、訴えかけるものがもう一つない、と思われる向きもあるかもしれませんが、 ショパン弾きを世に送り出す「ショパン国際ピアノコンクール」の存在意義を考えた場合、勝者は、この人以外にありえない のではないか、 とすら思えてくるほど僕にとって魅力の多いピアノ協奏曲(1番)でした。第15回ショパンコンクールの覇者、 ラファウ・ブレハッチの今後に期待したいと思います。

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