ここでは、ショパンのノクターンを僕自身の演奏でお届けします。
ノクターンは「夜想曲」とも訳されるように、夜に物思いに耽るような夢見心地のメランコリックな抒情詩というのが 一般的なイメージで、ショパンのノクターンの中にも実際そのイメージ通りの作品が少なからずあります。 ノクターンの創始者はイギリスの作曲家ジョン・フィールドと言われており、彼のノクターンの作曲技法は 左手の同一音型の伴奏に乗せて、右手で甘美で感傷的な旋律を奏でるという比較的単純なものですが、 その旋律美や和声美は多くの人の心をとらえて離さない魅力に満ちたものとなっています。
ショパンは生涯で21曲のノクターンを作曲しましたが、ショパンはもちろんフィールドの影響を多分に受けていたと 考えられます。特に初期の作品は左手の定型の伴奏型を維持しながら、ひたすら甘美でメランコリックな旋律で 聴く人と恍惚とさせる作品が多いですが、決して単調になることはなく、同一主題なら登場するたびに 僅かに変奏が施されるなどショパンならではの工夫が随所に施されていて、随所に独創性が発揮されています。 ショパンは「ピアノの詩人」という文学者のような異名で呼ばれていますが、ショパンの生まれ持った メロディーメーカーとしての才能がそのまま最も素直な形で発揮できるのが、ノクターンではないかと思います。
ノクターンでも後期の作品になればなるほど、ショパンの独創性や個性が強く表れた作品が多くなっていき、 ノクターンでもショパン独自の境地を切り開いていったのが分かります。
マズルカ同様、ノクターンと言えばショパンというのは皆の一致する共通した認識ではないかと思います。
それでは、ショパンのノクターンをお聴きください。
3つのノクターンOp.9
ノクターン第1番変ロ短調Op.9-1
:演奏時間 5' 08''
このノクターン1番も人気が高いですね。もの憂い旋律が胸に迫ってくるようで最初のノクターンとしては かなりシリアスな内容ですね。技術的には、左手の伴奏型のアルペジオの音域がかなり広いので、 慣れないうちは難しく感じます。それと、右手に再三登場する不規則連符や主部の最後の方に登場する跳躍が 少し難易度が高いです。ノクターン2番や20番と比べると少し弾きにくいのではないかと思います。
ノクターン第2番変ホ長調Op.9-2
:演奏時間 3' 35''
最も有名なノクターンですね。映画「愛情物語」で使われて有名になったそうです。 感傷的で美しい旋律に満ちた名曲だと思います。同じ旋律が少しずつ変わりながら何回も登場する ロンド形式で書かれた曲で、最後まで聴く人を飽きさせないで聴かせるのが課題ですね。
ノクターン第3番ロ長調Op.9-3
:演奏時間 6' 08''
ショパンの初期のノクターンの傑作で、作品9の3曲の中では内容が最も充実した作品でありながら、 皮肉にも認知度が不当に低いという、いわば「隠れた名曲」です。 3部形式で、主部はロ長調、嬰ヘ長調を主体とした、穏やかでありながらもやや感傷を伴った美しい旋律が魅力的で、 主題が再登場するたびに装飾音や多連符を変えながら変奏され、即興的な趣を持ちます。 中間部はロ短調に転調して突然激しくなり、穏やかな主部と著しい対比を示しています。 主部が短く再現された後は、美しく充実したコーダを経て、余韻を残して締めくくります。 この曲は、前2曲に比べると技術的な難易度も高く、穏やかな主部と激しい中間部の対比という、 後に見られるショパンのノクターンの典型を初めて示した、ノクターン名作の原点とも言える存在です。
3つのノクターンOp.15
ノクターン第4番ヘ長調Op.15-1
:演奏時間 4' 06''
個人的にはお気に入りのノクターンです。3部形式で書かれていて、主部は水のしずくをイメージさせるヘ長調の美しい旋律が 魅力的です。左手の伴奏型には最下音と連打音、右手の主旋律に対する対旋律など、3つの異なる声部を同時に含んでいて、 魅力的な旋律と相まって、この部分の響きの美しさの鍵を握っていると思います。中間部は突然落ちる雷のように 始まります。ここは右手の重音トリルが音を変えながら連続し、技術的には難易度がかなり高い部分で、 右手のエチュードと言っても過言ではないくらいです。このノクターン4番はあまり人気が高くないようですが、 内容的には次の5番に決して引けを取らない名作だと思います。
ノクターン第5番嬰ヘ長調Op.15-2
:演奏時間 3' 22''
ショパンのノクターンとしては2番、20番に次いで人気が高い作品ではないかと思います。 色々な装飾的パッセージで手の込んだ優美な旋律が魅力的ですね。個人的には動きのある中間部が好きです。 技術的には中間部と、前後の主部に登場する速いパッセージが難しく、以前の録音ではここでこけてしまってましたが、 さすがにこれではまずいということで、再録音しました。 これで完成度も少しマシになったのではないか、と思っています。
ノクターン第6番ト短調Op.15-3
:演奏時間 4' 48''
ショパンのノクターンの中で最もマイナーで演奏される機会の少ない曲です。 曲は主に3つの部分からなり(3部形式ではないです)、 第1部は、左手の伴奏が3拍目で休符となっていて、最後に激しく盛り上がります。ここがこの曲唯一の聴かせどころではないか と個人的には思います。第2部はヘ長調の瞑想的なコラールで宗教色を強く感じさせます。 第3部は一定音を指で保持したままそれ以外の指で和音をスラー、スタッカートで弾くところがユニークです。 この曲は流れが単調で面白みに欠けますが、ショパンのノクターンの中では技術的に最も易しい曲なので、 ショパンの曲を何か1曲という方にはおすすめしたい曲です。
2つのノクターンOp.27
ノクターン第7番嬰ハ短調Op.27-1
:演奏時間 4' 45''
個人的にはすごく好きなノクターンです。ショパンの「月光」とでも名づけたいような曲。主部の旋律は、一聴して何ともつかみどころのない印象を 持たれるかもしれないですが、何回も聴くとハマります。 そして情熱的な中間部も主部と対照的で、聴き応えがある部分です。 自分で弾くと、もっとこの曲が好きになるかも?
ノクターン第8番変ニ長調Op.27-2
:演奏時間 5' 14''
ショパンのノクターンの最高傑作の1つで、ノクターンの中では比較的人気の高い作品です。 例えようもないほど甘く美しい旋律は、細やかな装飾的パッセージに彩られて一層美しく響きます。 この曲の難所は、52小節目の48連符の前半で、ここは冗談抜きに難しかったです。 やや完成度が低い出来で終わってしまいましたが、機会があったら再度、取り上げたいと思います。
2つのノクターンOp.32
ノクターン第9番ロ長調Op.32-1
:演奏時間 4' 11''
このノクターン9番はあまり人気がないようですが、技術的には非常に易しくすぐに弾けるようになるため、 ノクターン入門用の1曲としてもおすすめです。 「ノクターン」とは言いますが、この曲は平和で穏やかな曲調で、個人的には「午後の昼下がり」といったイメージの曲です。 終わり方がすごく特徴的ですが、ショパンもこの曲に何か変化を付けたかったのでしょうね。
ノクターン第10番変イ長調Op.32-2
:演奏時間 5' 00''
ショパンのノクターンの中では地味な存在ですが、実際に弾いてみると面白い曲です。 一聴して平凡そうに聴こえる楽想の中に表現すべきことが色々盛り込まれていて、 ルバートや間の取り方など、この1曲から学ぶものは多いと思います。 そして技術的課題は、中間部の装飾音攻撃(?)です。これでもか、と装飾音が続きますが、 普通に弾いていると、音が鳴らない箇所があまりに多くて困りました。 しかし、このプラルトリラーの運指を一見自然そうな'343'から少々窮屈な'353'に変えると弾きやすくなり、これは新たな発見でした。 これからこの曲を弾こうとしている皆さんもよかったら是非試してみてください。
2つのノクターンOp.48
ノクターン第13番ハ短調Op.48-1
:演奏時間 5' 51''
このノクターン13番は、ショパンのノクターンの最高傑作の1つと言われています。 冒頭の主部では憂鬱な旋律が淡々と流れていきますが、中間部ではハ長調のアルペジオ連続部を経て、 旋律の間に速いオクターブ連打をはさみながら次第に盛り上がっていきます。 主部が戻った後は、3連符の音型に変わり、魅力的な旋律に手の込んだ和声が施されていて、 この曲一番の聴きどころと個人的には思っています。難易度もショパンのノクターン中最高レベルで、 完璧に演奏するのが非常に難しい難曲です。その分、演奏効果の極めて高いノクターンでもあります。
ノクターン第14番嬰ヘ短調Op.48-2
:演奏時間 6' 56''
味わい深いノクターンですが、他のノクターンと比べて華やかさがなくて地味であるためか、 やや人気が低いようです。主部の嬰ヘ短調の旋律は、右手で旋律、左手で伴奏というように明確に分かれている上に それぞれほとんど和音が登場しないため、響きがシンプルですが、それだけに音価、音量のごまかしがきかず、 繊細なタッチとコントロールが必要とされます。中間部は変ニ長調に転じ、拍子も4分の3拍子に転じますが、 華やかさがなく地味で間合いを図るような楽句が続きます。その後、主部は短く再現され、最後は同名調である 嬰ヘ長調に転じて静かに曲を締めくくります。この曲はノクターンの中でも難易度的に易しく、 気軽に取り組むことができる曲です。
2つのノクターンOp.55
ノクターン第15番ヘ短調Op.55-1
:演奏時間 5' 12''
このノクターンは、実際に弾いてみて初めて本当の良さに気付くといった類の曲ではないかと思います。 出だしから中間部に入るまでは単調な楽想ですが、弾いていると表現すべきものが見えてきて、結構面白いです。 でも、やはりこの曲の聴きどころはドラマチックな中間部と、主部の再現された後の右手の美しい3連符 ではないか、と思います。これはつくづく地味にいい曲だと思います。
ノクターン第16番変ホ長調Op.55-2
:演奏時間 4' 58''
ショパンのノクターンは美しい旋律の宝庫ですが、その中でもこの曲の旋律はひときわ甘く美しくロマンティックで 魅力的だと思います。僕自身、ショパンのノクターンの中でも特にお気に入りの1曲です。 いきなり冒頭から流麗な旋律が流れるのを聴いて、一瞬にしてこの曲に心を奪われた遠い昔のことを思い出して、 少しでもこの曲の魅力を皆さんに伝えられたら、と思いながら弾きました。この曲は、華やかさはないものの、 トリルや装飾音、装飾的パッセージ、多連符など、旋律を彩るために様々な小技が使われていて、 これらをきれいに弾くのはかなり洗練されたテクニックが必要になると思っています。 その意味で、技術的には結構難しい曲ではないかと思います。
2つのノクターンOp.62
ノクターン第17番ロ長調Op.62-1
:演奏時間 6' 10''
ショパンの晩年の内省的な作品。華やかさはないですが、感動的な旋律に心を奪われました。 何と言っても、ロ長調の主部の旋律が魅力でここを聴かせるのが課題ですが、中間部の変イ長調の何ともやるせない感じを 出すのも結構難しいです。技術的には、前半に登場する速いスケールと主部の再現部のトリルが多少厄介ですね。
ノクターン第18番ホ長調Op.62-2
:演奏時間 4' 57''
ショパンの最後のノクターン。明るく、一曲を通してあまり情緒的なかげりが見られないですが、 ショパンの晩年の心境が時折現れて、はっとさせられます。 中間部はやや動きを伴い、しっかり弾くのが結構難しい部分です。 ちょっと心もとない演奏ですが、本当はすごくいい曲です。
ノクターン第19番ホ短調Op.72-1
:演奏時間 4' 16''
ショパン17歳のときの最初期の作品。この1曲をもって、21曲のノクターンの幕開けとなりました。 後期傑作3曲(16番〜18番)を聴いてきた後でこの曲を聴くと、和声的に変化や個性に乏しいと感じてしまうのは 仕方ないと思いますが、左手の伴奏に乗って、胸にぐっと迫るような哀愁に満ちた悲しげな旋律が 流れてくるのを聴くと、ショパンの「ピアノの詩人」、「メロディーメーカー」としての非凡な才能が、 少年時代から花開こうとしていたのが分かると思います。聴いていると目頭が熱くなる曲ですね。 なお、ここでのノクターンの演奏は全てパデレフスキ版を使っていますが、この曲の場合は他の版と 音の違う箇所が目立っているため、少し違和感を感じる人もいるかもしれないと思い、追記しました。
ノクターン第20番嬰ハ短調遺作
:演奏時間 3' 22''
「戦場のピアニスト」でますます人気が高まったノクターンですね。何と言っても、もの悲しい第1主題が魅力的ですね。 ショパンはこの曲をノクターンとして作ったのではなく、タイトルは、この曲のテンポ指示である、 「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」そのもので、後年、ノクターンとして組み込まれて出版された遺作です。 ノクターンとしては技術的に易しい方ですが、たびたび現れるトリルをきれいに弾くこと、 最後の35連符をきちんと弾くことなど、意外に難しい課題が多い曲です。
ノクターン第21番ハ短調遺作
:演奏時間 3' 14''
ショパンのノクターンの中でも半ば「忘れられた存在」です。演奏される機会も非常に少ないのですが、 練習の負担が軽いため、気軽に取り組むことができます。他のノクターンほど重要な作品ではありませんが、 ショパン特有の哀愁を帯びた旋律が魅力的な作品です。